こんにちわーみー

ブログの内容の8割は浦和と特撮だ。そこから先はおまけみたいなもんだ。

8年前の元日

明けましておめでとうございます。 


 「忘年会をしなかったので年を忘れるどころか、年に忘れられるかもしれない」と危惧していた、私は、大晦日の夕方頃に外国人が「A Happy Newyear!」と新年の挨拶を交わしているのを見て自分の不安が的中してしまったのか、と軽い焦りを覚えた。私の大晦日はそれぐらい、いつも通り、であった。
 そんな、私ではあったが、仕事が終わった後は、父の提案で浅草は浅草寺まで初詣に出かけることになっていた。

 浅草に着き、まず年越しそばを食せねばならぬ、と浅草寺近くの蕎麦屋に入った。やはり、というべきか店内は込み合っており、4人席に通されたものの、すぐに相席になった。カップルとの相席である。
 私と父は天麩羅蕎麦を頼み、カップル彼氏は、ざる蕎麦を、彼女はきつねそばを注文した。
 狭い店内で相席を強いられた、私は、多少気まずい思いに駆られながらも順調に蕎麦をすすった。だが、事態は風雲急を告げる。

 圧倒的スピードで、ざる蕎麦を完食した彼氏は次いで彼女のきつねそばに手をつける。彼女のきつね蕎麦は「食べ切れなかった」と言うよりは「食べる気なかった」という方が適しているのではないか、という程、出てきた時そのままの姿をしていた。
 この、彼女残す+彼氏食べる=彼氏カコイイ、という、いささか不可解な方程式が成立しようとしている現場を目前とした、私は戦慄を覚えた。カップルの仲良しっぷりにではない。隣の父の存在にである。

 例えば、このカップルの仲良し風景を目にしながら隣の父が「海老食べる?」と訊いてきたら、どうしよう。そんなことになったら浅草寺を目前に敗残兵の烙印を押された、私は「お家帰る!」と駄々をこねかねない。
 そこから先は集中力を研ぎ澄ませ、隣の父に気を配る。蕎麦の味などしたものではない。後生だから、黙って食ってくれ。しかし、そんな願いも空しく、運命の時は訪れる。


 「海老い・・」


 「いらない!!」


 食い気味だったという。


 あまりのレスポンスに、少々面食らっている父に「いらない」と念を押し、なんとか事なきを得た。しておくものは準備である。私は隣の父を見やり、この男やはり怖ろしい、と冷や汗をを垂らしながら、いつの間にか食べ終わった蕎麦の汁を飲み干した。しかし、この事態を想定できたということは、やはり親子なのである。

 店を出ると雷門付近には長蛇の列が出来ており、おとなしく最後尾へと回る。最初のうちは順調に進んでいた列も、年越しまで15分程に迫った所で、やや停滞がちになり、列の途中で年を越すことが、ほぼ確定した。
 2010年を迎えた瞬間の、私は各線の終夜運転情報を検索していた。そこかしこから歓声とも奇声ともつかない声があがり、私が今年最初に発した言葉は「うるせっ!」であった。少なくとも川越の喜多院にはなかったノリである。
 周囲が盛り上がれば盛り上がる程、我にかえってしまう、やや天邪鬼な節がある、私は周囲のテンションにはついて行けず、少々冷めた気持ちで新年を迎えた。ちょっと敬遠したくなる程、チャラい服装をした者が多かったのも影響したのかもしれない。

 目の前の男女グループが特に盛り上がっており、男が何の目的もなく奇声を発したり肩車をして、周囲に「あけましておめでとうございます」を連発し、何故か下の人間が上に乗った男のシャツを脱がそうと、たくしあげる。ノリだけで繰り広げられる眼前の光景に、浅草や浅草寺の本来持つ、風情や情緒は損なわれ、ありていに言えば、台無し、である。
 肩車の上に乗る男は背中が丸出しになり、そこに思いっきり紅葉マークをつけてやりたい衝動を抑えるのに必死になっていると、背中を叩かれる。父が隣にいるのを確認しつつ、振り返ると、そこには2人組の女子が立っていた。

 

俺の時代キター!!(・∀・)

 

 と自惚れることはない。何せ「この年末モテ過ぎてヤバイNo.1は獅子座」という占いにも見事スルーされた私である。案の定、女子2人組は「写真取って下さい」と言った。
 これが、例えばカップルによる依頼であれば、カメラを受け取りそのままノールックで後方に放り投げたかもしれないが、友達2人で初詣、という点に好感を持った、私は紳士ぶった振る舞いで彼女たちの依頼を快諾し、カメラを返したあとで「今年もこの役割か」と呟いたという。

 寒さと睡魔と空腹、仕事終わりの疲労もあり、あらゆる感覚が麻痺してきたが無事本堂に辿りつくことが出来た。本堂では、小銭で「あれとこれもお願いします。あ、あとこれも。」と強欲な魑魅魍魎どもが、粘り強く願掛けをしており、そのおかげで列が進まないのだ、と憎まれ口もそこそこに、50円玉を放り投げた。


 とにかく、幸を!


 この上なく、大雑把で都合の良い願いごとをした私は雷おこしを試食しまくり「今度はもっと人の少ない時に来たいな」と浅草の地をあとにした。

 帰宅したのは朝とも夜ともつかない4時。皆既月食で左下が欠けた月を眺め「ダイエーのマークに似てる」と思いながら眠りについた。

 2010年はどんな年になるだろう。

 「どうせ、いつも通りなんだろう。でも、いつも通りというのも幸せなことである。」と悲観しているのか達観しているのか、ネガティブなのか、ポジティブなのか、わからない思いを抱えつつ、大きな変化に対しても淡い期待を抱く。


 とにかく、幸を!

 
 願いはシンプルであり、他力本願でもある。


 皆様、今年も宜しくお願いします。